もりたのおもしろいものたち。

マンガを読む男。「左ききのエレン」


 左ききのエレンが好きだ。

 

原作版 左ききのエレン(1): 横浜のバスキア

原作版 左ききのエレン(1): 横浜のバスキア

 

 

シャカリキ!」「capeta」なんかの曽田正人作品が好きな人は左ききのエレンが好きになるはず。ただ、曽田正人左ききのエレンの作者であるかっぴーさんの違いを挙げるとするならば、曽田正人作品が描く「天才がその狂気ともいえるスタンスで戦い続ける」というものではなく、「何も持たない凡人が天才に憧れてあがき続ける」という話だということ。

 

 主人公は、2人。天才アーティスト山岸エレンと、彼女に負けたくないとがむしゃらに生きる朝倉光一。この物語は彼らの人生を時系列をバラバラに並べ、そして、ある一点へと収束していく。朝倉光一は広告代理店のデザイナーで、結果の出せない日々に不満を覚えながらも必死に頑張っている。山岸エレンはその才を余すことなく発揮し、どうして自分は普通の人になれないんだということへの悩みを抱えながらも、その栄光の階段を上っていく。そんな2人の物語。

 

 この光一って奴が最初はすげえ嫌いになった。なんでかというと、自分に似てるから。俺は凄い奴になるんだっていう取らぬ狸の皮算用よろしくなんの根拠もない自信を抱いていて、何も持たないくせに、俺は出来ると思っている。そういうところが、すごく似てる。でも、こういう人はこの世の中に多くいると思う。だって、何も才能も持たない凡人だから。本当に、ただの、人だから。

 

 だからこそ、光一のことがすげームカつくんだよ。何頑張ってんだよ。どうにもならない現実がそこにあるんだから。どうあがいても勝てないんだから。そうやって諦めていった自分と比べて、どうせ無理なんだからやめろよなんて思ってしまう。だから、朝倉光一を憎く感じてしまう。この本の1ページに書いてある、まさしくキャッチコピーとも呼べるその言葉は「すべての天才になれなかった人へ」そうだよ、まさしく。俺も光一も天才じゃなかったんだ。

 

 その光一のまさしく、対岸とも言える天才達がこの物語には多く登場する。主人公である山岸エレン、カリスマモデル岸あかり、世界的フォトグラファー佐久間威風。現実にも存在する人物としては、バンクシー。彼らの描き方が、まさしく天才の行動を描ききっているように思えるのはかっぴーさんの手腕が光る部分だ。才を持つもの達。彼らには彼らの信条があり、それが狂っているようにも見えるのは、凡人からすればまた魅力でもある。そういった狂信を生み出せるカリスマ。それを描き切っているのは凄いと思う。

 

 そんな天才達とはまた別に登場する他のキャラ達もまた、魅力的だ。左ききのエレンが持つ魅力に、すべてのキャラが立っているという点がある。朝倉の元上司である神谷、クリエティブを目指していた営業の流川。挙げようとすれば、何人でも挙げられるが個人的に一番好きな人物は、柳という男である。

 

 朝倉の新たな上司になる人物で、かなり狂っているクリエティブディレクターだ。狂っているというよりかは、クリエイターとして生きることを選んだ人間。彼は、ただただ努力し続け、結果を勝ち取り、進み続けてきた男だ。それが、無数の釘が刺さっている地獄だとしても悠然として足で踏み抜き、前へ前へと進んできた男である。暴言を吐き、パワハラ紛いのこと行い、悪人であるかのように漫画内では描かれているが、俺はそこまで徹底して仕事を完遂するその姿勢がたまらなく好きだし、そういう人間になりたかったという思いが止まらない。

 

 書いてて思った。俺はこんな人になりたかったという人達がこの物語には多く登場する。なのに、自分に一番似ているのは朝倉光一という凡人。だから、やっぱり光一にムカついてしまうんだと思う。理想と現実。その2つが同じ漫画に同居しているから。

 

 だからこそ、自分に似ている光一が頑張って頑張って何かを得ていくことには、すごく共感するし嬉しく思ってしまう。当初嫌いだった自分の分身のような存在が、ある時応援できるようになる。こいつはまだ諦めてないんだなって。頑張れって。そして、そんな光一の人生に、応援されるようになっていく。だからこそその最後の光一の行動には、胸が熱くなり、自然と涙が溢れていた。

 


 すべての天才になれなかった人へ。

 


 諦めのようなその言葉は、次第に、強く輝くメッセージのように変わっていく。

 


 天才になれなかった。だからどうした。

 


 がむしゃらに、がむしゃらに、生きていくことの意味。ただの凡人だった光一の成長こそが、この左ききのエレンにおいて最も重要な部分であると自分は思っている。

 
 だとすれば、どうして、タイトルは左ききのエレンなのか。

 
 それこそ、この物語は彼が天才じゃなかったことに意味があるからかもしれない。 

 

 

原作版 左ききのエレン(11): 広告営業の奔走

原作版 左ききのエレン(11): 広告営業の奔走

 

 

 

 現在11巻まで発売中。(第一部は10巻まで)

 ジャンプ+でリメイク版連載中。こちらはまた、作画のnifuniさんがカメラが増えたように感じると言われたように、物語にさらに厚みが増えているので是非読んでほしい。

 

左ききのエレン 1 (ジャンプコミックス)

左ききのエレン 1 (ジャンプコミックス)