もりたのおもしろいものたち。

宣伝会議賞ボツ案「ホースを使いたくなるアイデア」

 

 宣伝会議賞課題3「カクイチ」

 課題:ホースを使いたくなるアイデア

 ジャンル:自由

 

 もりたの答え「ホースを使った新競技「ツイストアンドウォーター」の提案」

 

 以下、それを小説にした場合。

 

 

「30メートルの5倍」

 

 スポットライトに照らされ、場内の中心に立つ男は手をこちらに見せつけるように大きく開いた。重く静かな声色ではあったがスピーカーによって拡散されたその言葉は、この会場にいる全員の耳に届いただろう。しかし、その言葉に反応する者はいない。反応できる者はいない。

 ありえねえ、と横の観客が呟いた。感情がそのまま喉を鳴らしたような声。その声が散り散りと場内から上がり、どよめきが重く包んだ。歓声はあがらない。無謀すぎる挑戦は、時として人を困惑させる。固唾を飲んだ。それと同時に、スピーカーからは息を漏らすような音が響く。

 

「なんと角野選手、前人未踏の30メートルの5倍に挑戦だぁーー!!」

 

 その次に困惑する会場を盛り上げるように、実況者は叫んだ。しかしその声は起爆剤にならない。先ほどまでの熱気は嘘のように、氷点下にまで下がったように感じる。背中に氷が触れたような感覚。ようやく自分が汗をかいていたことを思い出した。

 しかし、そんな会場の雰囲気を物ともせず、ステージの上で角野という男は自らの靴紐を確かめていた。観客に背を向けて座り込む姿は、まさしく自分の世界に入り込んでいるようにしか思えない。軽く靴を叩くのはいつものおまじないだ。真っ白のランニングシューズ。彼が履いているというだけで、店頭からその商品は姿を消した。体を起こし、屈伸する。その右膝につけられたサポーターは、僕らの不安を形にしたかのように重く黒く見えていた。角野は下を向き、何かを考えている。そして、前を向くと彼は自らの宿敵を目に映した。

 

 それは大蛇のように横たわるホースであった。

 

 ツイストアンドウォーターという競技が有名になったのは、つい最近のことである。その歴史の始まりはスポンサーだったカクイチがホースの広告として行ったとある街中のイベントだった。横に長いステージに横たわるホース。その両端には、蛇口と花。ツイストとは、ひねる。ウォーターとは、水やり。その競技は蛇口をひねっている間に水が先端から流れてしまうホースあるあるを、肉体的な力で解決しようというものである。蛇口をひねってから水が口から出てくるまでに先端に向かって走り、地面に水をこぼすことなく花に水をやる。そんな馬鹿げた企画だった。しかし、それは予想を反して大盛況に終わり、この世に新たな競技としてツイストアンドウォーターというものが生まれた。

 カクイチのホースは、10メートル20メートル30メートルとある。それと同じく、ツイストアンドウォーターもその競技形式は3種類に分かれた。短距離、中距離、長距離。その全てにおいて圧倒的な実力で頂点に立つものこそが角野であった。難易度の選択は、水圧の調節。彼は他の挑戦者が挑む限界の水圧よりさらに上を、難なくこなしていた。角野は誰よりもツイストアンドウォーターに対して、真剣だった。


 しかし、その情熱は時に諸刃の刃となる。去年の日本武道館で行われたツイストアンドウォーター全日本選手権で、角野は自らの限界であった30メートル4倍への挑戦中に膝の靭帯を損傷。激痛のあまりうずくまる姿はテレビを通じて日本中に放送された。翌日の新聞の一面には、角野散る。とそう書かれており、その事件から角野はツイストアンドウォーターの表舞台から姿を消した。

 そんな角野の復帰戦が今日だった。チケットは完売し、誰もが角野の復帰を待ちわびていた。だが、だからこそ、復帰戦での角野の無謀に人々はどよめいた。彼は怪我をした挑戦よりもまた遥か高みを目指していたのだ。今大会の30メートルの最高成績は、一橋の3.1倍。誰しもがマークしていなかった存在であり、ダークホースともいえる彼の成績ですら角野の最高記録である3.8倍を超えることは出来なかった。

 彼がまた怪我をするのではないか。そんな不安が会場を包む。狂ったように限界に挑む角野。彼にとっては今大会の優勝なぞ興味はなく、ただただ己が為に挑んでいるのだろう。そんな彼を僕たちは、見守ることしか出来なかった。会場はまだ異様な雰囲気のまま。しかし、角野は準備を終えた。蛇口を掴み、スタンバイ状態に入る。大画面にうつむく角野が映った。地球が自転を止めたような静寂が訪れる。

 

「がんばれー」

 

 そんな空気を切り裂くように、小さな子供の声が響いた。その瞬間、我に返る。なんで僕達は励ましの一つも言えないんだろうか。角野は僕達に勇気を、ロマンをくれたじゃないか。「行けーー」「やったれーー」会場の至るところから応援の声が上がった。僕も喉を限界まで震わせた。静まり返っていた会場に再び熱が宿る。堰を切ったような勢いで声が角野へと伝わる。地球が回り始めた。そして、それを待ちわびていたかのように場内にカウントダウンが響き渡る。

 

「3」

 

「2」

 

「1」

 

 見守る者。カウントダウンを共に叫ぶ者。歓声を上げる者。人それぞれではあるが、そこに角野への想いがしっかりとあった。僕はといえば、大画面に映る角野の横顔を見守っているだけだった。だからこそ、僕は角野がゆっくりと口角を上げたのを見逃さなかった。

 

「0!」

 

 カウントダウンが終わる。角野が蛇口を勢いよく回した。歓声がひとつ段階を上げる。僕は角野がこの挑戦を成功させることを確信していた。ホースの先に置かれた花はグラシアス。その花言葉は、勝利だからだ。

 

 

 ホースは、カクイチ。

 

 

 ボツ理由「長い」「そもそも何これ」「コピーがまったく思いつかなかった」

 

 カクイチさん、もしも興味あるならお願いします。