もりたのおもしろいものたち。

雑記:僕とおばあちゃんと犬。

 

 郵便局で働いていると、おばあちゃんと仲良くなる。僕は窓口に立っているのだが、ある朝おばあちゃんがやってきた。もう1年は前の話だ。大きな荷物を送りたいんだけど。そう言うものだから、どれくらい大きいんですか?と尋ねて、それから少しばかり会話をしていた。

 

 そんな折、局長が「お前荷物とってきてやれ」と。僕はまぁまぁめんどくさいな、なんて思ったんだけど、そこは上司命令なので従うことにした。後に、局長はそのおばあちゃんを新入社員のお前の顧客にしてこいという意図で言ったことがわかったのだが、そんな旨を言われた僕はただポケットの中で中指を立てただけだった。

 

 そんなおばあちゃんの家に行く途中いろんなことを話した。飼い犬のベッドを返品したいだとか、ご主人が入院してて、孫は僕と同じ大学だったとか。蝉が鳴くような暑い、暑い夏だった。背中にひどく汗をかいたのを覚えている。5分ばかり歩いたところで、おばあちゃんの家に着いた。玄関には大きな大きなダンボールがあって、これを局まで持っていくのは大変だななんて思っていたら、のそりのそりと何かが顔を出した。

 

 ゴールデンレトリバー。歳を取って、すっかりおばあちゃんになった大きな犬がそこにはいた。僕の方を優しいまなこで見つめたあとで、のっぺりとしたゆっくりな動きで玄関に座った。かわいい。おばあちゃんに恐る恐る「触ってもいいですか」と尋ねると、おばあちゃんは快諾してくれた。噛み付く雰囲気はなさそうだったけど、恐る恐る触る。嫌がるなら、やめておこう。そう思っていた。

 

 あったかい感触が指先に伝わる。毛並みは丁寧に手入れされているのかさらさらとした手触りで、僕の手を拒むことなくすーっと触ることができた。その子は嫌がることもなく、頭を撫でてやると少しだけ心地よさそうに目を細めた。かわいかった。もふもふで抱きしめたくなった。そんな出会いだった。

 

 そのあとは、おばあちゃんと一緒にベッドを持って帰って、局で手続きをした。また会いにいってもいいですか、とこっそり尋ねたら、おばあちゃんは優しい顔で小さく笑った。

 

 そんなおばあちゃんと、また出会ったときは次は偶然だった。まだまだ暑い夏だった。お客さんの家に行く途中で、病院帰りのその子とおばあちゃんに出会った。お名前を呼ぶと、こちらに気付いて会釈してくれたことを覚えている。その子ははぁはぁと舌を出していた。僕がまた撫でると、その場に寝転がってしまって動かなくなってしまって、おばあちゃんと僕は2人で困ってしまった。熱いアスファルトの地面に寝転がっていいわけがない。一生懸命起き上がらせた。今思えばその時に気付くべきだったかもしれない。

 

 それから、おばあちゃんと会うことはなくなり、僕は仕事を覚えるのに必死で秋が過ぎ、冬も終わりかけた頃にようやく局に来ていたおばあちゃんと話をすることができた。僕がおばあちゃんと話すことなんて1つだけだ。営業なんて知るか。僕はあの子のことを聞いた。こう言おうとも思っていた。また会いにいってもいいですか。

 

「あの子、亡くなったんです」

 

 おばあちゃんは優しくそう僕に言った。その時、僕がなんて返したのかはまったく覚えていない。気の利いたことを言えていないことだけは確かで、おばあちゃんが帰っていく背中を見たことは覚えている。その背中が小さく見えたことも。

 

 正直に言えば、僕はその時点で涙をこぼしそうになっていた。というか、ちょっとだけ泣いていた。ただ、僕が泣くのは違うと思った。おばあちゃんのほうが悲しいに決まっている。必死に堪えてから、おばあちゃんを見送って、トイレに行って、泣いた。わあわあ泣いた。たった2回しか会ったことのない犬を想って、涙が溢れた。あの子がとても幸せそうだったから。あの子を見守るおばあちゃんがとても幸せそうだったから。

 

 きっとあの子は天国に行けたんだろう。幸せな人生を歩んだだろう。苦しくなかったらいいんだけどな。

 

 でも、もう一度だけ会いたかったな。

 

 最期だってわかってたら、もふもふの体をぎゅって抱きしめていたのにな。

 

 優しいあの子の顔が、好きだった。穏やかにどこか遠くを見つめるあの子の顔が、すごく好きだった。


 今でも、時折あの子のことを思い出す。

 

 どうか、天国で幸せでいますように。