もりたのおもしろいものたち。

雑記:目に見える死の風化だと思った。

 

 かなり昔の話になってしまうのだけれど、あれは季節外れの大雨が降っていたときの帰り道だった。終電を降りた僕は家へと帰る道を傘を差しながら帰っていた。深夜になると車の通りが少なくなるので、辺りが静かだったこととやたらと雨の匂いが鼻についたことを僕は覚えている。そうだ、珍しくイヤホンを差していなかったんだ。高速道路下の道は雨にも濡れず帰ることができて、嬉しい。僕は傘でリズムを取りながら人気のない車道をすたすたと歩いていた。

 

 そんな時に、1つの花束を見つけた。朝は交通量が多く、行き交う車に酔いそうになるほどの交差点で。僕はその花束が美しい白で彩られて、手向けられていたことを覚えている。誰かがここで亡くなった。その事実だけを、覚えていた。でも、記憶のなかの花束よりもその花束は色褪せていて、長いこと取り替えられてなかったことがすぐにわかった。花は茶色くしおれ、やけに白いビニールの包装が目立っている。そんな花束がそこにあったことを、僕はその時まで一度たりとも思い出したことはなかったのだ。

 

 なぜか立ち止まってしまった。目に見える死の風化だ、と思った。雨がざあざあと遠くで聞こえていた。誰しもが人が亡くなったなんて大事は少なくとも短い間は覚えているものだ。でも、忘れてしまう。関係者だけが覚えていて、その他多くの人はそれを日常に埋もれさせてしまう。去年のニュースで誰かが亡くなった事故を、僕は覚えているだろうか。そんな風にたくさんの死が、風化していく。その花束だけが、そこであった凄惨な事故を物語っていた。僕は、僕だけは、その死を忘れないでいよう。そう思った。

 

 小さく拝んでから、僕は雨を傘で弾きながら帰った。この夜のことだけは、いつまでも忘れられないままだ。