もりたのおもしろいものたち。

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ローカルだけど、ローカルじゃない。「そうして私たちはプールに金魚を、」を見てきました。

 

「そして私たちはプールに金魚を、」の画像検索結果

 

 

 どうも、もろたです。

 

 実は4月の最後らへんに「そうして私たちはプールに金魚を、」という映画の大阪上映アンドトークショーを観に行ってました。なんとも胸にくるものがあって、どうにかこうにかブログに書きたいなーなんて考えていたんですが、うまく書けないまま6月も半ばを迎えてしまいました。長久監督、大変申し訳ございません。文章にできない感情といいますか、最終的に3回も見てようやくまとまりました。

 

 簡単に映画の説明をしておきますと、2012年の夏に静岡県で実際あった女子中学生4人が学校のプールに金魚を約400匹を放流したという事件を基にした、ノンフィクションだけどノンフィクションじゃない映画。この矛盾した言い方は、後々説明しますのでいまは軽く覚える程度にしておいてください。こういう言い方以外に思いつかない自分の語彙力が大変申し訳ないです。サンダンス国際映画祭のショートショート部門にて日本映画初のグランプリを獲った映画。日本の埼玉の田舎で起こった「ローカルな」事件を撮った映画は国際映画祭で評価されました。ここも大事な部分。

 

 とりあえず、映画の予告編をどうぞ。

 

www.youtube.com

 

 映画自体の説明は、もうしません。30分ほどのショートショート。今なら動画サイトで見ることができるのでURLを最後に貼っておきますので、ぜひ見てください。先に見ていただいても大丈夫です。そのまま満足して帰ってもらっても大丈夫です。僕がここで伝えたいのは、トークショーで監督が語っていたこの映画に懸ける熱意なんです。

 

 この映画の全体を覆うのは、息が詰まるほどの閉塞感です。どうしようもない、ほんとにどうしようもないほどの閉塞感。映画の中盤あたりでも面白い方法で表現されているんですが、「ありえようもない奇跡がありえないくらい続く奇跡」が起こってこそ変わる現実。埼玉の狭山市という田舎に住む女子中学生4人組は、そんな変わるわけもない、明るい未来の見えない現実をゾンビみたいに生きている。これって、僕らも一緒なんだと思います。

 

 誰しも人はなにかに抗おうとしている。

 

 彼女たちにとってそれは田舎という閉塞感で、僕たちにとっては会社とかなにか見えない閉塞感やらもどかしさと戦っている。もちろん、ありえようもない奇跡がありえないくらい続く奇跡が起こってこそようやく変わる現実のなかで。この気持ちって全然ローカルではないじゃないですか。万国共通で、誰しもが抱いている感情です。ローカルだけど、ローカルじゃない。トークショーで映画に出演しているクリトリック・リスさんがぼそっと言った言葉なんですが、それが僕の心にすっと沁みていきました。ああ。ローカルな舞台の映画なんだけど、表現されている感情は全然ローカルじゃないんだなぁ。だからこそ、国際的な舞台で評価されたんだろうなぁって思います。

 

 長久監督は、電通で働く会社員。監督も、みんなと同じように抱いていた閉塞感ともどかしさがあり、それを表現したかったんだと思います。では、なぜこの埼玉県であった事件を題材にしたのでしょうか。それは偶然見たYahoo!ニュースでこの事件が掲載されていたそうです。その時に、監督は「こんな簡単にこの事件は表現できるもんじゃないだろ」「彼女たちにはもっともっと深い何かがあってこういう事件を起こしたんだ」そう思ったと仰っていました。そして、ある映画の脚本コンペに応募する時にこの事件を撮りたくなったそうです。

 

 最初に言っておいたことがありますよね。この映画はノンフィクションだけどノンフィクションじゃない映画だと。そこまでの熱意があって、それでもどうしてノンフィクションではないのか。そこには長久監督のこだわりがありました。

 

 見ていただいたかたはわかると思いますが、この映画って約30分くらいなんですよ。長久監督はCMプランナーとして働いている方なんですが、この映画の音コンテ30分まるまる考えたそうです。これ聞いて本当にすごいなって思ったんですけど、30分もの音コンテってとんでもないですよ。確かに、この映画ってめちゃくちゃ音にこだわっているんですよ。金魚が餌を食べるシーンとか、ラザニアをぐちゃぐちゃ食べるシーンとか。もちろんアドリブ一切なし。カメラワークなんかも独特のギミックがあって、そこはやっぱりCMプランナーとしての凄さを感じます。昔の映画のオマージュも取り入れていて、田中泰延さんはトークショーでそこに言及していましたが、僕はメモを取っていなかったのですっかり記憶から抜け落ちてしまいました。わかる人にはわかると思います。党首、本当にすみません。

 

 長久監督はこの映画1本しか撮らないつもりでいました。だから、先程も言ったとおりの音へのこだわりやアドリブなしの撮影があったり、主演の女子中学生4人組に台詞の意味がわからないと言われても、「俺がわかればいいんだよ」と言い返したりとこだわりが強かったんだと思います。映画の撮影前の取材で実際に事件を起こした女子中学生4人組に会えるところ寸前までいったのに会うのをやめたりもしたそうです。そこからわかることは、実際の事件を基にしているけれど、この映画には長久監督自身の思いをぶつけたこと。ノンフィクションだけど、ノンフィクションじゃないっていうのはそういうことを言いたかったんです。

 

 ローカルだけど、ローカルじゃない。

 ノンフィクションだけど、ノンフィクションじゃない。

 

 

 そこまでの熱をぶつけて製作された映画なんです。

 

 

 「そうして私たちはプールに金魚を、」は。

 

 

 

 

 未来に抱かれろ。物語を遠くから見ているふかせうみ。モスキート音。ほんとにそうかな。生放送に明け暮れる兄、不倫する母、つまらない父。金魚。ゾンビ。ソフトクリーム。淡い恋。プールを泳ぐ金魚はとても綺麗だろうなぁ、と思って。裏切らないよ。花火。夕陽を背に踊る少女ら。冷凍ラザニア。

 

 わたしは、いま、生きている。

 

 その全てが押し寄せる30分を。

 

 それでは、どうぞごらんください。

 

 

 

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物販で買ったパンフレットとピアスが可愛かったです。